以前、百舌鳥(もず)古墳群と古市古墳群を飛行機の車窓から見て、びっくりしたことを覚えています。
GHQのマッカーサー元帥も巨大さと前方後円という独特の形を見て大いに驚き、発掘調査をいたそうです。
日本には私たちの知らされていない、とんでもない秘密があるのだと思います。
これらの古墳は、土師氏(はじし・はじうじ)によって造られました。
百舌鳥古墳群(写真右上部の古墳は、面積において世界最大の仁徳天皇陵)
土師氏の祖である野見宿祢は第11代天皇の垂仁天皇から皇后の古墳造営を任されることになりました。
垂仁天皇はこれまでの習わしであった古墳に生きた人を埋める(殉死)を禁止しました。
そこで野見宿祢は故郷の出雲から土部100人を呼び寄せ、人や馬など、いろんな形をした埴輪を造らせ、それらを生きた人のかわりに埋めることを天皇に奏上し、天皇はこれを喜び、その功績を称え、「土師」の姓を野見宿祢に与えたそうです。
古市古墳群のあたりは、土師氏の本拠地でした。土師氏の氏寺である道明寺があります。
道明寺はかつて土師寺と呼ばれていました。菅原道真は大宰府に左遷されるとき、叔母の覚寿尼に会うためにこの土師寺に立ち寄りました。
そして道真の死後、道真の号である「道明」をとって、土師寺から道明寺と改められました。
土師氏の子孫は姓を変え、大江氏、菅原氏、秋篠氏へと引き継がれました。菅原道真は土師氏の子孫になります。
ところでこの古墳群は現在、世界遺産の暫定リストとなっています。
天皇家のお墓が世界遺産となってしまうことは、正直、好ましくないことです。
天皇家のお墓が世界の観光客の物見遊山的な見物対象にされてしまうことは、不敬な行為ではないでしょうか。
伊勢神宮が世界遺産の勧めを「遺産ではない」と断ったことと理由は同じです。
古市古墳群
道明寺
(かつては東隣の天満宮にありましたが、神仏分離により現天満宮境内から移転されました)
道明寺天満宮