秀吉の朝鮮出兵で日本に持ち帰ったお土産の一つに朝鮮半島の陶工たちがいます。
鍋島藩が連れてきた陶工の一人、李三平(りさんぺい)は有田焼(伊万里焼)の祖とされています。
李三平は何十年もかけて理想の磁器をつくるための地層を探し回りました。
見つけ出した岩肌は白く日本初になる白磁を生みました。
帰化陶工のお一人、酒井田柿右衛門は絵付けに成功し、
その色絵磁器はオランダ交易で西洋の富裕層を魅了し大量輸出されることになりました。
十五代当主の作品
茅葺屋根の母屋
母屋の隣には柿の木がありました。
初代柿右衛門さんは、柿の実を眺め「赤絵磁器」のヒントにしたとか。
お庭の池にはハートマークの鯉も泳いでいました。
人間国宝十四代酒井田柿右衛門作
高級寝台列車「ななつ星」のバスルームに採用されてます。