小笠原諸島の南端には硫黄島(いおうとう)があります。
硫黄島は、1945年2月19日から3月26日にかけて、アメリカ軍との大激戦を繰り広げる舞台になりました。
日本軍は守備兵力20,933名のうち20,129名が戦死した。アメリカ軍は戦死6,821名、21,865名が戦傷を負いました。
アメリカ軍にとって、日本本土への空襲上陸のための戦闘機の中継地点として、どうしても硫黄島を占領する必要がありました。
日本にとって、硫黄島を死守しなければ、本土を守ることが出来ません。
戦力で圧倒するアメリカ軍と正面切って交戦すれば、もたないと考えた栗林中将は、坑道を地下に張り巡らせるという奇策で持久戦に持ち込もうとしました。
硫黄島の地盤は火山です。
重機などはなく、手堀り作業で掘られる坑道の温度は70度、湿度100%という過酷な環境です。
この作戦が功を表して、36日間にも及ぶ持久戦に持ち込めたのです。
この硫黄島の戦いがなければ、本土への被害は更に大きいものになっていました。
硫黄島では遺骨の帰郷活動がされていますが、今なお、多くの英霊が地中に眠っているそうです。
ところで、人気ブログねずさんのひとりごとでは、
硫黄島で散華された市丸利之助(いちまるりのすけ)海軍中将が、当時の米国大統領ルーズベルトへ与えた書を紹介しています。
この内容たるや自虐史観で塗り固められた戦後教育とは程遠い高貴な精神がうかがえます。
https://nezu3344.com/blog-entry-4393.html#more
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