昨日配信の虎ノ門ニュースでは、百田尚樹氏と門田隆将氏が出演され、興味深いお話をいただきました。

その中で、百田尚樹氏は次のようなご自身のツイッターを紹介しています。

 

★炎上覚悟★

「コロナなんか怖くない!すべての活動を通常運転に戻せ!」 これを言えない政府や政治家やメディアを持った国民の不幸。 日本は、コロナではなく、コロナ自粛で瀕死になる。

 

★炎上第2弾★

私はコロナなど怖くない! 有限実行で、マスクなんかしていない! 「他人にうつす危険を考えないのか!」 と怒鳴った人に言いたい。 君は他人を轢き殺す危険のある車を一生運転するな!家族にも運転させるな!

 


 

百田尚樹氏ツイッターはご自身が予想されたとおり炎上している模様です。

 

感染拡大防止対策としてのPCR検査への疑義や、現状の自粛を強要する自治体の在り方への疑義などを、日々、となえてみえる一般市民の方たちがみえることを最近知りました。

 

そして、百田尚樹氏のような有名人でも、勇気を出して、このような声を上げてみえます。

 

私の持っていた違和感は私だけが持っているものではないことを知りました。

私が違和感を持ち始めたのは、自粛明けが近い5月中旬あたりからです。

 

「長い自粛もいよいよ終わりだ、平生に戻れるぞ」と期待感を持っていたころ、テレビでは連日のように感染者の数を報道し始めました。

その報道が異様にみえました。

自粛をした結果、日本では非常に少ない被害で済んでいるのです。

テレビで取り上げるべきは、その検証ではないのか?

にもかかわらず、検証はされることなく、感染者数は今まで以上に継続しました。

「三密対策・新しい生活様式」のPRも過熱しました。

飲食店の「テイクアウト」の取り組みへのPRも過熱しました。

「これ必要あるのか?」

新型コロナウイルスが恐れるほど怖くないとわかったのだから「必要以上に意識」させるこれらの施策や報道は経済にはよくないよ。

こんな、違和感を持っておりました。

 

 

 

 

もちろん、その違和感が何なのかを確かめるべく、ネットでいろいろと調べたことでより違和感の実態が浮き彫りになりました。

 

 

ところが、私自身の営業活動のため人にあっても、芯から新型コロナウイルスへの特別な恐怖を持っている人が多かったので、多くの人は武田邦彦先生いわく「テレビウイルス」に罹患しているなと思っておりました。

 

これから、世の中はどうなっていくのでしょうか?

 

そのうち、テレビ番組でも勇気ある有名人が、「おかしいことはおかしい」と発言していただけることを見守りたいと思います。

 

ところで、先日、4~6月期のGDPが年率で27.8%のマイナス成長であるという発表が政府からなされました。

これから、深刻な廃業・倒産・失業者増加が進むことになります。

昨日の虎ノ門ニュースでは、台湾のGDPはコロナ禍の時期であっても、経済をまわすことを止めず、プラス成長なのだそうです。

 

李登輝氏が現職時代に会った経験を持つ作家の門田隆将氏は、虎ノ門ニュース内で、李登輝氏の戦後の日本人への思いや語っていたことについて、説明してみえますので是非ご覧ください。

 

コロナ禍でいろんなことが浮き彫りになってきました。

戦後の日本人は李登輝氏いわく、「台湾人にとって見習うことがなくなった」ということです。

 

李登輝氏は「日本人はどうなってしまったか」とあの世から憂いていると思います。

 

 

李登輝氏の言葉に、「我是不是我的我」(私は、私でない私である)があるそうです。

 

(門田隆将氏が聞いた解釈によると・・・)

李登輝氏が晩年によく言っていた言葉。

自分は個人である自分だけではない。

様々なものに尽くすために存在する自分でもあるんだ。

「公」というものを大切にしたのが李登輝さん。

これ、かつての日本人がそうだんたんです。

李登輝さんが22歳まで、そういう日本人だった。

李登輝さんが台北旧制高校時代に学んだ武士道の無私の精神にものすごい感銘をうけ、その後の人生に影響した。

国民党時代にはその気持ちを隠していた。

静かなる革命・民主化を成功させる礎となった。

 

 

 

「我良し」の精神性に堕落してしまった日本人では、この言葉の意味すら理解できないかもしれません。

 

 

しかし、最近では若い人の靖国神社参拝が増えてきたと聞きます。

新しい芽が着々と育っているということでしょうか。

世界が日本に期待していることがこれから鮮明になってくるようです。

 

玉山(ぎょくざん・標高3,952m)

日本統治時代には、富士山よりも高い「新しい日本最高峰」の意味で、明治天皇により新高山と名づけられた。

 

 

李登輝氏の言葉

 

遺灰は新高山にまいて欲しい

死ぬことはなにも怖くない

日本人軍人として戦争に行った

総統としても働いた

台湾を見守り続ける

いつまでも離れない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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